『ヘアスプレー』

2002年から最近までロングランヒットしたブロードウェイミュージカル『ヘアスプレー』は2007年、映画としてリメイクされた。あのジョン・トラボルタが巨漢のお母さん役で出演して話題となり映画も大ヒットし、すでに続編の製作も決まっている。

日本公演も大好評のミュージカル『ヘアスプレー』ですが実は20年以上前、1988年に公開された映画がオリジナル作品なのです。

この映画は、サブカル映画としてどうしてもご紹介しなければならない作品です(個人的に)。
まずボルチモア出身の映画監督、ジョン・ウォーターズについてご紹介します。
監督した作品はそれほど多くありませんし、大作を撮る人でも無い(大作の依頼は来ないと思います)ので知名度はあまり無いと思われますが、一部ではカルト的な人気のある監督です
ジョニー・デップの初主演作『クライベイビー』を撮った監督でもあるし、カンヌ映画祭の審査員をしたりもするのです)。
カルトな人気を得る人なので、もちろん変わった映画を作るわけですが・・・とても人様にオススメできる作品ではなかったりします。
人格を疑われるほどに、それらは悪趣味です。
『モンドトラッショ』『ピンクフラミンゴ』『フィメールトラブル 』『ポリエステル』などは前知識無しには見ない方がいいかもしれません。

いずれもディヴァインという人が主演の映画ですが、彼女(彼?)は100kgを超す巨体でしかもドラッグクイーン(おかまさん)です。彼はジョン・ウォーターズの古くからの親友なのですが、映画でその強烈なアウトサイダーぶりを炸裂させています。
アウトサイダーやマイノリティーあるいは異端者に焦点を当てた作品は多くの場合、彼らに対する一般的な偏見を取り除き、魅力的に輝かせるというような作りになることが普通だが、ジョン・ウォーターズはディヴァインを思いっきり異端者に、そして悪趣味に映し出した。たぶん実際のディヴァインをより過激にディフォルメしたと思われる。ジョンウォーターズの初期の映画は異端者は異端者として、悪意は悪意のまま、悪趣味はとことん悪趣味なまま終わるのだ。そこに社会的なことに対するアンチテーゼなどは一切無いだろう。あるのは多分「悪趣味の美学」とでもいえるようなもの。
B級映画と思われることのほうが多いが、そこで見られるのはピエル・パオロ・パゾリーニが『ソドムの市』で映し出した頽廃・背徳の美学と通ずるものだと思える。ジョン・ウォーターズはアート映画の愛好家でもあるらしいが、それを踏まえると実に納得がいく。ゾンビ映画スプラッター映画の作家にもアート映画愛好家が多いのだが、それらなんとも形容しがたい過剰な映画は美学無しには作られない。

ヘアスプレー(1988年)はジョンウォーターズが初期のインディーズ映画でカルト的な人気を博した後、比較的メジャーで制作された映画です。
さすがに得意の悪趣味は影を潜め、見事なエンターテイメントとして仕上がっている。
ジョン・ウォーターズの映画はあまり「一般的」にオススメできる映画が少ないのですが、『ヘアスプレー』に限ってはそんじょそこらのコメディー映画より断然エンターテイメントで面白いので必見です。(他の映画もオススメはできないだけで、すばらしく魅力的な映画です)

しかもただのエンターテイメントではなく、そこにはジョン・ウォーターズらしいテーマやアクセントがちりばめられている。

思い切り短縮して要約すると、
ダンス番組で人気者になっていく巨漢の女の子が、ゴキブリ柄のドレスで踊る映画です。

少数派(マイノリティー)であることの劣等感を感じさせない天真爛漫な登場人物たちがアイロニーというより、もっと根源的なユーモアを教えてくれる映画です。
マイノリティーが自分たちを輝かせるには、たとえばあえてマイノリティーの場所に留まりメインストリームと極力交わらずにより個性を純化するという立場もあるだろうが、『ヘアスプレー』はその立場をとらない。
多数派と同じ土俵上(ダンス番組)で、土俵の枠から決して外れないにもかかわらず、なにかいろいろなものを飛び越えてしまうような身軽さと力強さを同時に感じさせるのです。

とにかく面白いのでぜひ、初代ヘアスプレーを見てほしいと思います。

そしてなんと制作予定の『ヘアスプレー2』はジョン・ウォーターズ自身が監督するようです。
楽しみすぎます。

追記
ジョン・ウォーターズの悪趣味系映画を見てみたいという方には、同じくメジャーで制作されながら過激なブラックコメディーを展開する『シリアル・ママ』がまずは段階的にいいかもしれません。