萌え

個人的萌えの記憶

一般的に萌え絵のルーツは少女マンガにあると言われている。一方で、手塚治虫の絵柄にすでに萌え絵の特徴が見られたということもあるが、ここでは個人的な記憶が中心なので、すなわち手塚治虫の絵柄に萌えを感じた事が無かったので(今は萌えたりもする)そちらの議論は登場しない。

それまでの少年漫画にはなかった絵柄、目が大きく瞳が輝いており、鼻と口はその目の存在感に比べて非常に控えめで、絵のタッチは繊細で少女性を宿した内面を感じさせる。
1978年、高橋留美子が少年漫画誌に「うる星☆やつら」を、あだち充が「ナイン」を連載し始める。高橋留美子は女性的な絵柄で少年漫画を描く作家であり、逆に当時のあだち充は少女マンガの作家であった。このことは少女マンガ的な絵柄や手法が少年漫画に導入されたことを意味し、萌え絵のルーツにとって非常に大きい出来事なのである。

少女マンガ的絵柄に加えて、少女マンガに特徴的だったラブコメが少年誌に導入されたということも(が)とても重要なことだ。少女マンガ的絵柄で恋愛漫画=ラブコメを少年誌に書き始めたということだ。1978年には柳沢きみおによって少年誌初の「ラブコメ」といわれる「翔んだカップル」の連載も始まっている。

1980年代になると少年漫画誌上でラブコメがひそかなブームとなる(個人的にかもしれないが・・・)。
個人的に特筆したい作品はちば拓『キックオフ』(1982年)である。このマンガが少年誌において画期的な作品であったことは間違いないことのように思える。初期の萌える絵柄とは、少女マンガの絵柄を男性の作家が描き、ストーリーのなかで恋愛等の微妙な関係性の描写を重んじるようになったことにおいて発展した、というのが僕の考えである。
当時、少女マンガを読んだことの無かった僕にとって、「キックオフ」に描かれた繊細(?)な感情描写(セリフ無しで見つめあうばかりの主人公二人)は衝撃的な出来事であった。
同時期にジャンプに連載されていたストップひばり君やウイングマンも現在につながる美少女(ひばり君は男の子だけど)が登場する少年漫画のさきがけといえよう。

そして1984年、僕にとっては真打となる作品が登場する。まつもと泉きまぐれオレンジ☆ロード」である。ヒロイン「鮎川まどか」の顔のデザインは現在の美少女マンガに直接つながる感じがするのだ。絵の影響としては「ストップひばり君」の江口寿史ではないかと思えるが、そのツンデレ具合も含めて萌えに関しては大きな違いがあるように思える。
まつもと泉のアシスタントで「バスタード」の萩原一至はさらに萌えるデザインを洗練させていく。同時に1984年には江川達也も「BE FREE」でデビューしており、そのアシスタントの藤島康介は「逮捕しちゃうぞ」や「あぁっ女神さまっ」で萩原一至とともに、その女性キャラのデザインにおいてカリスマ的な存在となっていく。
萩原一至藤島康介のデザインから、直接的にも間接的にも影響を受けたことの無い萌え絵漫画家はいないのではないかと思えるくらいに。